コーヒーの鬼がゆく 吉祥寺「もか」遺聞
読み始めて2ヶ月も経過してしまいました。
”コーヒーの鬼がゆく 吉祥寺「もか」遺聞(嶋中労著)”
吉祥寺「もか」のマスター標交紀さんのコーヒー人生を綴った本です。
前作の”コーヒーに憑かれた男たち”と内容が一部
かぶっていることと、吉祥寺「もか」標交紀さんへの
スポットが薄く感じられました。
標交紀さんを浮き出したいがために周りの登場人物が
あまりに登場しすぎた感もあり、なぜか集中できず。
たぶん前作が頭に片隅に残っていて、内容がかぶって
しまっていた為でしょう。
全体を通して現在のスペシャリティコーヒー、コンテンスト
入賞コーヒー、オークションコーヒーには懐疑的で、焙煎、
抽出を適正にほどこされれば見違えるほど美味しくなることを
主張。完全否定しているわけではないですけどね。
焙煎者にとって、より良い豆を使のは当たり前に考えることですね。
さらに、フレンチプレスについても遠慮なく素人芸と切捨て。
喫茶のカウンターの奥でコーヒーを入れる姿はある種の
”エンターテイメント”と私は思っているから、粉にお湯を入れて
かき回し、カップラーメンの出来上がりを待つように3分間
じっとしているというのも確かに芸が無いと言えるでしょう。
プロ・素人誰が淹れても失敗無くおなじ味となるとのふれこみの
フレンチプレスは底辺を広げる意義はあっても本書の後半に
出てくる「個」というものがなくなるから、喫茶でメニューが
あったとしても積極的にはオーダーしないかな?
標交紀さんの身を削るような焙煎への執念はだれも真似
することが出来ないでしょう。そのストイックな姿に”自分なら
どうするだろうか?”と読後も脳裏に焼きついたように離れません。
標交紀さんはニヒリストと言われているのですが、不器用だけど
一瞬一瞬を一所懸命生きる”強さのニヒリズム”を持った人の
ように思えてきます。
本書後半の気になった文章を引用してみます。
自家焙煎コーヒーの世界には「文は人なり」と同様、
その人の「個」を余人に代えがたい「個」というものを
映し出したコーヒーが存在する。
つまり、こういうことだと思います。
コーヒーは飲む人それぞれに感覚がちがうから、
うまいまずいはひとまず置いておき、その人が
焙煎しているコーヒーなら飲んでみたい、その人の
ひたむきな姿があるからぜひ飲もうという心の動きがあり、
魅力的なコーヒーの裏側には何か惹きつける「個」という
ものありそうです。
自家焙煎コーヒーは魅力的な「個」によって出来上がり、
まさに「個」が映し出されたコーヒーを味わうことに
等しいのでしょう。
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コメント
コーヒー哲学ですね。
勉強になります。
投稿: honyasan | 2009.06.11 13:34
honyasan さん
標交紀さんは哲学の塊のような人だったと思います。想像ですが、堅物だったけど憎めない面をたくさん持っていたんだと思います。
投稿: 管理人 | 2009.06.11 22:52